菅野貫首写真

法華経と申すは一切衆生を 佛になす御経なり(法蓮抄)

 身延の地から今の千葉県市川在住の曾谷入道殿にお与えになられたお手紙が今月ご紹介の聖語「法蓮抄」で、法蓮とは入道殿の法名であります。曾谷入道殿が亡き父君の十三回忌に当り法華経五部を転読されたこと。十三回忌まで毎日お自我偈一巻を読誦、ご回向申してきた事、更に自分だけでは心もとないので、日蓮聖人にご回向いただきたい。との御願いに対するご返事が法蓮抄であります。
まず日蓮聖人は入道殿の日ごろの信仰心の篤さをたたえられます。と言いますのも日蓮聖人佐渡ご配流中、同志の方々と強い信仰を貫き通し法華経信仰を守られたこと、身延入山後はしばしば訪ねられる等篤い信仰心を持ち至誠の人であったことが文中に述べられております。その上で聖人は、入道殿の法華経読誦の浄行をたたえられ、今月ご紹介の聖語
「法華経と言うお経はこの世に生きる全ての人をお釈迦さまお悟りの世界、大安心の境地に至らしめる御経である」
とお説きになられます。更に加えて古代中国の故事である書家遺龍(いりょう)・烏龍(うりょう)父子の話。「息子の烏龍が生前父に言われた〝法華経を書写すべからず〟の遺言を王命によってやぶり、しぶしぶ書写したところその父が夢枕で〝そなたの法華経書写の文字は金色に輝き、私だけでなく他の死者も救われた〟と大喜び感心した姿を見、烏龍(うりょう)は法華経写経の功徳を学び加えて父の死後に大きな親孝行が出来た事を喜ぶという話」を紹介、
佛道修行には受持・読・誦・解説・書写の功徳が説かれているがその書写の功徳ですら、この通りである。ましてや〝法華経読誦の功徳ははかり知れないものである〟と読誦の功徳をお説きになられます。
入道殿が亡き父上の十三回忌のために法華経五部、毎日お自我偈を一巻 読誦されたことは、亡き父上が霊山会上で感謝。悦ばれている事は先の遺龍(いりょう)・烏龍(うりょう)父子の譬の通り、法華経七万字お自我偈五百十文字、金色の仏さまとなって来臨、亡き父上を讃えられた事それのみならず亡き父上の廻りの霊位もその思いに与かった事が文中に込められており、更に読経の功徳は亡き人々のためだけでなく読誦しているその人にも多大の功徳のある事が説かれます。読経するということは、お釈迦さま霊鷲山 法華経説法の座に連なることでありますから、今月ご紹介の聖語の功徳を入道殿個人が拝受すると言うことなのであります。
このみ教えは一人入道殿だけではありません、入道殿と同じく法華経を読誦している私たちも拝受しているのだと大聖人は入道殿を介して私たちによびかけておられます。そうです、あなたが毎朝読誦されている法華経、あなたのご先祖さま亡き方への無量のご供養、更にあなたご自身の大安心への道への繋がっていること、大きな悦びとお受けとめ下さい。


合掌

日彰